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>>反戦の心意気そのものはとても大事だと思うんで、まあ、頑張ってください。
>
>「まあ、頑張ってください。」と言いつつも、
>山口さん流の蔑視のまなざしで書き上げたもの。
そりゃそうです。ピントが全く合ってないと思いましたから。
「人類が少しでも長く地球上に生存し続けられるための我々の暗黙の了解であった倫理観を、どうやって再確認し、再構築するかが問われていると考えています。」という部分。なんと日本は平和なことか・・・と。
でも、たしかに説明不足かもしれませんね。
現在そちらで真に切実なことは、そちらの首相があれほど旗幟鮮明にアメリカを支持してしまったこと。クウエートの補修工事のノリで戦後復興を頑張るみたいですが、あれは尋常一様でないジオ・ポリティカルなプレッシャーがかかる大事業で、その難度はパレスチナ和平に匹敵する。矢面に出れば自衛隊員が一体どれほど殉職するんだろうか、と。
そこまでは確実に読み筋に入る筈なのに、自分たちの力が全く及ばないペンタゴンの「祭り」に気分が完全にトンでいる。他人事だと思えばこそでしょう。だから現実逃避じゃないんですか?と。
そうなってしまう原因は、はっきりいって、テレビの見すぎ(苦笑)。こっちでデモをやってるぼくの友人@左派は、情勢判断が鈍るからという理由でテレビを一切見ず、ラジオで情報収集してますよ。
>しかし大方の人たちには「何を言いたい」のか、その解釈に迷う内容です。
>例えば、「ウオッチ」した先にあるものは?
>あるいは、「むしろ待ち受けているのは問題を先送りした代償」に見受けられる強引さ。
>そして、「心地よい汗をかいて一時の完全燃焼した気分を味わう」ことなどへのこだわり。
>などなど。
そういう知恵を働かせて現実に向き合えば、少しは違った判断ができる筈。ぼくは解釈を必要とする文学的文章を書かないので、文言は額面通りに受け取っていただけたら結構。
ウオッチの先にあるものや先送りの代償については、現在進行形のことが絡むので書きません。半年前の「ガルフウオーはもう始まっているのです」と同様、半年後にもう一度読んでいただく機会があれば、「こういうことを言わんとしていたのか?」と思って下さる方はおられると思います。
>ただ、反戦そのものに対する自らの意見が何もないのが気にかかります。
>文章の内容からして、「それは必要ない」ということなのでしょう。
戦争はぼく個人の「利益」に反する。もちろん心情的にも大反対なのですが、自分ではそういう次元を超越していると思っているので。おとといまでイラクの「イ」の字もなかったデモの諸氏と同一ディレクトリーに入る不名誉は、戦争に巻き込まれるのと同じくらい忍び難い・・・というのがホンネ。
人間の盾レベルの「ザ・・・」ではなく、国際レベルの有能な左派が一日も早く日本に現われることを期待します。とりあえず第一ラウンド(いまテレビ中継してるやつ)は諦めてます。問題はこの次。
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