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> 茶髪だからどうしたこうしたっていう議論はもう過去の議論だと思いますがね。つまりその人は過去の人ってことでしょ?
茶髪の道徳面からの批判を過去の遺物であると断じることは可能でしょうが、起きている変化そのものは現在進行形のはずです。
物事の変化には必ず理由がある(というより理由づけができる)と考えています。またねこかぶりさんのご指摘通り、リードする人とフォローする人は異なります。ここ数年の日本で進行した茶髪化は、だれがどんな方向から見てもビジブルなものです。それがどのような要因・背景に基づいた変化なのかは公私の両面から関心があります。公明党の政権参加や邦銀の地盤沈下に匹敵する一大変化のごとく映ったからです。なお、ファッション業界における流行は一通りの分析・予測が可能で、特にヒット商品はアナリシスの対象となります。日本の茶髪は大ヒット商品です。
ぼくがヒアリングした範囲内でいえば、茶髪の人が茶髪にしている理由として、「その方がカッコいい/カワイイと思う」、「だってみんなそうしてる」、「彼氏・ご主人がそれを望んでる」、「気がついたら世間が茶髪だった」、「自分でもよくわからない(笑)」、という趣旨の回答でほぼ100パーセント。サンプルは少なくありません。このため、茶髪化を価値観・個性の多様化に結びつけるのは安直な印象が強く、むしろ異性の興味をひくなどの実利・実益がある、日本的価値観の崩壊の一環である、等の捉え方のほうがぼくにはメイクセンスします。
逆にその変化を世間が受容している(かのように見える)点についても、日本社会の価値観が多様化して懐が深くなったというより、支持する人々のあいだで(おそらくは)一過性の急激なパラダイムシフトが起きる一方、異論を持つ人たちのあいだで深い諦めに似た心理が進行した、という観察のほうがぼくにはメイクセンスします。
美容師などの茶髪関連業界の当事者ですら、「特に深い意味はないんじゃないの?」という意見が圧倒的でした。そのような現状ゆえ、プロである彼らをして自分のビジネスの先行きが視界不良で次の一手が打ち出せない。願わくば浜崎あゆみがイメチェンしてくれると助かるんだけどなー、などと次のビック・ウエーブを待っているかのような状況に見える。
以上はリサーチのさわりの一部分で、古い情報も含まれていますが、ご意見をいただけると嬉しいです。当初の仮説として、茶髪化が日本社会・日本経済のスパイラル降下に併せて進行したと観察されたことを根拠に、その変化は本質的に好ましいもの・ハッピーなもの・ポジティブなものを投影したものではあるまい、ということがあります。
最後にぼくの立場(嗜好)を明らかにしたいと思います。
外見・ファッション・ライフスタイル・職業・宗教などの個別要因で人物を「判断」はしますが、差別・偏見は持たないよう心掛けています。また住んでいる場所が場所なので、少々前衛的なものを見ても驚きません(笑)。東洋人の茶髪はぼくの好みにマッチしませんが、人は人、自分は自分ということで。
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