|
>着地点を考えずに突撃するほど愚かかどうか、賢明なるsanyonさんなら十分想像できるでしょう。メディアは報じていないと思いますが勝利を前提にした戦後処理の議論は進んでる。
>膨大な戦費を投じて血を流す以上、短期ベスト・長期ワーストの政策オプションはありえません。もちろんここでいうベストとは、best for US interestsですが、、、。
おそらく考えてるでしょうね。構想力も、実行力も世界随一ですし。問題は、「いつの」「どこの」着地点かです。
人間や社会という生き物を相手にしている以上、無理を通せばどこかで跳ね返りは出てくる。弾丸やミサイルというわかりやすい方法で蓄積された反米感情が、どこでどのように噴出するか、そこまで計算できるとは思えないです。押え込めると考えてやってるんでしょうが、それが可能なのは時期と局面が限定できる場合だけです。
ですから、力攻めをするときは、狙った局面以外では無理をせず守りを固める方が賢明だと思うのですが、ブッシュ政権は世界中を敵に回してでも自らの欲求を押し通そうとしているように見えます。対人地雷禁止条約(これはクリントン政権時代のことですが)、拷問禁止条約、国際刑事裁判所のすべてに反対するのも、米国の単独軍事行動に枷をかけられたくないからでしょうし、一見論理的な行動に見えますが、机上の整合性を追求して手を広げ過ぎると、綻びもまた大きくなります。
9.11テロの主犯とされるビンラディン氏も元はといえばソ連がアフガンに侵攻したときに、ソ連と対抗するために米国が育てた人物ですし、サダム・フセイン大統領だって、イラン革命に対抗するために米国がてこ入れした人物です。炭疸菌テロに使われた菌も米国産です。今は一見良いようにみえる事柄が、将来は災いの種になる。
なにが「益」かは、時間が経って蓋を開けてみなければわからないし、そういう畏れを忘れると、しっぺ返しを食らうのではないかと思っています。
とはいえ、予想外の事態が起こった場合の、米国の対処能力は、おそらく世界随一です。限界だと思ったら変わり身早く手を引くだろうとは思っています。
ただ、日本がそういう米国の行動に追随するのは危険です。
調子に乗ってついて行ったはいいが、米国の方針転換に右往左往して、はしごを外された形になってしまう恐れがある。
ガキ大将よりも、その腰巾着のほうが恨まれ蔑まれるのが世の常です。
米国の強行軍事路線とは一線を画し、かつ決定的な対立が起こらないよう賢く立ち回る必要があると思います。
山口さんがいみじくもおっしゃったように、
>戦争やってる場合じゃないんだから。とにかく、先ずはあの経済を立て 直さないと・・・。
です。
>> 職務に忠実であろうとすればそうなります。それに国益にしろ県民益にしろ、住民の利害が一枚岩でない以上、何をもって益とするかは、微妙な判断になると思います。
>たしかに微妙な判断ですが、そう言ってしまうと永遠に「微妙な判断」のままですから、ここは仮説を示します。あんまり自信ないですが・・・(笑)
>
>先ず、指導者が民主主義の多数決ルールで決まるとすれば、選ばれた者が支持者にロイヤリティーを示すことで最大多数の利益が達成されますね?実際には投票率50%の過半数として、4人に1人の利益ですが、、、。
>次いで、あぶれた残り4分の3はどうするか?(1)ひたすら嘆く(2)野党支持に回りかすかな発言権を行使する(3)オポチュニスティックに立ち回る、の3通りでしょう。政治系BBSの発言として遺憾ながら、個人的には(3)のオプションを選択します(爆)。
指導者のロイヤリティーの示し方も「微妙な問題」でして(^^;)。
「住民のwantとneedは違う。」
と言った人がいまして、プロフェッショナルから見て必要なことと、住民からの欲求が必ずしも一致するとは限らないんですよね。そのあたりの擦り合わせをどうするか。地方自治だと、行政から住民の顔が直接見えますから、うまく行けば住民の利益を最大限にすることが出来ますが、下手すると変な癒着や軋轢が起こって政策が迷走してしまうことになる。
(そうそう、上記の図式を、現在の米国の「国益」の作られ方に当てはめると、このツリーの最初で私が書いていたことも、当たらずとも遠からずだとおもうんですが。)
>「米国リベラルが政権を握らなければ(97年以降の途上国危機や日本の深刻な金融システム危機などの)経済危機も起こらず、日本の中高年や途上国の人々も死なずに済んだ」という命題は仮説・前提ではなく“事実”。当時の支持母体を考えたら自明です。これは一ビジネスマンとしての現場意見ですが。
なるほど。目から鱗です。
シアトルのWTO会議であれだけ反グローバリズムのデモが激しく起こったのも、そういう背景があったからでしょうか。
それにしても、「国益」を論ずるというのは私には難しいです。
山口さんの場合、自分も周囲も「国益」を意識するのが当然という環境で、感覚的に「こういうものだ」と通じるんでしょうが、日本の田舎に住んでいるとそういう感覚が持てないので。日本でも、もっと「何が国益か」という議論を進めないと、ますます迷走してゆくような気がします。
(脱線ですが、「国益」という言葉は national interest の訳語ですよね。で、interest という言葉には興味とか、利子とか、影響力という訳語も当てられている。政府なり国民なりが能動的に関心をもって得ようと勤めるもののような印象を持つんですが、どんなもんなんでしょうか。日本で国益論が日常のことにならないのは、「国益」という訳語からはそういう意味合いが感じられないのも一因かと思ったもので。)
|
|
|
|
|